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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)199号 判決 1997年3月13日

フランス国75008 パリ リュ デュ フォブール サントノレ 15番

原告

ジヤンヌ ランヴアン

(旧名称・ランヴアン パルフアン)

代表者総務担当重役

ベルナール M.ジャンセーヌ

訴訟代理人弁護士

田中克郎

宮川美津子

平井昭光

中村勝彦

玉井真理子

東京都千代田区五番町7番地

被告

株式会社伊勢半

代表者代表取締役

澤田亀之助

訴訟代理人弁護士

杉林信義

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実

第1  当事者が求める裁判

1  原告

「特許庁が昭和62年審判第2807号事件について平成8年3月12日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文1、2項と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告(審判被請求人)は、「アルペジオ」の片仮名文字を横書きしてなり、平成3年政令第299号による改正前の商標法施行令別表第4類「せっけん類(薬剤に属するものを除く。) 歯みがき 化粧品(薬剤に属するものを除く。)香料類」を指定商品とする登録第1929872号商標(以下、「本件商標」という。)の商標権者である。なお、本件商標は、昭和55年11月18日に商標登録出願され、昭和62年1月28日に商標権設定登録がなされたものである。

原告(審判請求人)は、昭和62年2月25日、登録第502990号商標(以下「引用商標」という。)の存在を理由として、本件商標の登録を無効にすることについて審判を請求し、昭和62年審判第2807号事件として審理された結果、平成8年3月12日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年5月13日原告に送達された。なお、原告のための出訴期間として90日が附加されている。ちなみに、引用商標は、原告が商標権を有するものであって、「ARPEGE」の欧文字を横書きしてなり、昭和35年政令第19号による改正前の商標法施行令別表第3類「香料、香水、香油、コスメチツク、白粉、ヘヤーローシヨンその他他類に属さない化粧品」を指定商品とし、昭和31年10月23日に商標登録出願、昭和32年5月29日に商標権設定登録がなされ、その後、昭和52年10月3日及び昭和62年7月22日に商標権存続期間の更新登録がなされたものである。

2  審決の理由の要点

(1)  原告の主張

<1> 「アルペジオ」が、「ハープやピアノなどの楽器において、和音を低音から高音へ速やかに奏すること」を意味する音楽用語であることは明らかである(甲第6号証「広辞苑(第3版)」参照。なお、本判決記載の書証番号は、すべて本訴におけるものである。)。この語は、本来、「ARPEGGIO」と綴られるイタリア語であり、「アルペジオ」のほかにも、「アルペッジオ」と発音されるものである。これに対し、引用商標は、フランス語であるが、この語は、正に音楽用語の「アルペジオ」を意味する(甲第7号証「スタンダード仏和辞典(増補改訂版)」参照)。したがって、本件商標と引用商標とは、ともに音楽用語の「アルペジオ」を意味するものであるから、観念において同一の類似商標である。

<2> 本件商標は「アルペジオ」の称呼を有するものであり、引用商標は「アルページュ」の称呼を有するものである。ところで、この2つの称呼は、もともと同一の語をイタリア語とフランス語で表現しただけの差異しか有しないものであり、しかも、イタリア語とフランス語とは言語学的にも極めて近い関係にあるものであって、結果としてこの2つの称呼は、極めて酷似している。具体的には、両者ともに「ア」「ル」「ペ」「ジ」の音が同一の語順で含まれており、2つの語から受ける印象はほぼ同一である。そして、本件商標と引用商標とは、ともにその指定商品に「化粧品」を含むものである。よって、本件商標は、その商標登録出願の日前の商標登録出願に係る他人の登録商標である引用商標に、観念及び称呼において類似する商標であり、かつ、引用商標に係る指定商品について使用するものであるから、商標法4条1項11号に該当する。

<3> 原告は、引用商標を付した香水「アルページュ」を、日本においても古くから販売しているものであり、その結果、引用商標あるいは「アルページュ」という標章は、遅くとも本件商標の商標登録出願前である昭和54年までには、原告の業務に係る商品を表示するものとして、化粧品取扱業者ならびに一般消費者に広く認識されていたものである。しかるに、前記のとおり、引用商標と全く同一の観念を有し、かつ、これと類似する称呼を有する本件商標が、その指定商品について使用されるときは、当該商品が原告の業務に係る商品と混同することは明らかである。したがって、本件商標は、商標法4条1項10号あるいは15号に該当するものとして、同法46条1項1号により無効とされるべきである。

<4> 本件商標は、イタリア語「ARPEGGIO」の表音「アルペジオ」を表したものであるところ、この「アルペジオ」は、古くから外来語として定着している語である(甲第6号証「広辞苑(第3版)」及び甲第9号証「角川外来語事典(第2版)」参照)。このことは、一般人がひもとく辞書「スタンダード仏和辞書(増補改訂版)」(甲第7号証)に、「ARPEGE」の語義として「アルペジオ」と記載されていることからも明らかである。また、例えば、通常人にとって身近な楽器であるギターの奏法において、「アルペジオ」は極めて普通に親しまれ使用されている語であり、日常、音楽に接する一般世人に常識として知られている語である。したがって、「アルペジオ」が「一般的に全く馴染みのないイタリア語であり、……極めて専門的な音楽用語」であるとする被告の主張は失当である。

(2)  被告の主張

<1> 本件商標と引用商標が観念上同一であることは認めるが、これを、本件商標及び引用商標の指定商品に係る一般取引業者及び需要者が容易に認識しうるかどうかということになれば、否定せざるをえない。我が国において普及している外国語の主流は英語であり、フランス語が使用されることは極めて少ない。ましてや、イタリア語の使用等はほとんど皆無に近い。しかるに、本件商標「アルペジオ」、すなわち「ARPEGGIO」がイタリア語であるのに対し、引用商標「ARPEGE」、すなわち「アルページュ」はフランス語であるとともに、「和音を低音から高音へ速やかに奏すること」を意味する音楽用語であり、「ハープやピアノ」の奏者や作曲家等にのみ通ずる特殊な語である。したがって、両語が観念上同一であることを認識しうる者は、イタリア語とフランス語の両国語を理解しうるとともに、「ハープやピアノ」に関する音楽用語にも精通した者ということになるが、我が国においては、一般的にそのような条件を満たす者は極めて少ないといわざるをえない。すなわち、本件商標と引用商標が観念において同一であることは、原告のようにわざわざ辞典をひもとかない限り、一般的には認識しえないというべきである。このように、それぞれ異なる国の語よりなる2商標において、辞典をひかない限り一般取引業者及び需要者が両商標の観念の同一性を認識しえないと考えられる場合には、観念上非類似であると判断するのが相当である。ましてや、本件商標は、一般的に全くなじみのないイタリア語からなるものであり、引用商標もまた一般的に全くなじみにないフランス語であるとともに、その意味するところは極めて専門的な音楽用語である。してみれば、本件商標をその指定商品に使用しても、一般取引業者及び需要者は、引用商標と同意語であることを観念しえないといわざるをえない。したがって、本件商標と引用商標は、観念上混淆を生ずることはないとみるのが相当であり、両商標は観念上相紛れることのない別異の商標というべきである。

<2> 本件商標の称呼は「ア」「ル」「ペ」「ジ」「オ」の5音構成であるが、引用商標は「ア」「ル」「ペー」「ジュ」の4音構成というべきであり、構成音数的差異がある。また、「ペ」と「ペー」が尾音であれば、全体称呼上、同一的類似音といえるが、中間音の場合は「ペー」は母音「エ」が強調されるとともに、次音との間隔が異なってくるので、全体称呼上、短音「ペ」と比較して、聴者は十分に語調語感的差異を聴取しうるものである。したがって、全体称呼上、同一といえる音は、僅かに「ア」と「ル」の2音だけであり、他の構成音においては、「ペ」に対する「ペー」、「ジ」に対する「ジュ」、「オ」に対しては対応音なし、という差異が生ずる。してみれば、両称呼の差異は、聴者に両称呼が別異のものであることを容易に認識させうるに足りるというべきであり、本件商標と引用商標は、称呼においても相紛れるおそれのない非類似の商標というべきである。したがって、本件商標は、商標法4条1項11号に該当しない。

<3> 前記のように、本件商標は、引用商標と観念及び称呼のいずれにおいても非類似であるから、本件商標をその指定商品に使用しても、原告の業務に係る商品と混同されるおそれは全くない。したがって、本件商標は、商標法4条1項10号あるいは15号のいずれにも該当しない。

<4> 辞典は、一般的に必要な語を調べるためにひもとくものであるから、一般人にとって極めて特殊な語であって必要性のない「アルペジオ」あるいは「ARPEGE」の語を調べることは皆無に近いといえる。したがって、外来語辞典や仏語辞典に記載されているからといって、一般人が「アルペジオ」と「ARPEGE」の語を観念上同一のものとして認識しうるという証拠にはならない。

<5> 音楽用語は、主とし音の強弱や演奏速度の変化等の奏法を譜面上に表示する言葉である。つまり、音楽用語は、譜面をみて正確な演奏をしようとする人あるいは譜面を作成する人、すなわち演奏家あるいは作曲家が知っていなければならないものであって、それ以外の人にはほとんど必要のないものである。原告は、「日常、音楽に接する一般世人」というが、そのうち、楽器を演奏する人や作曲をする人はほんの一部にすぎず、ほとんどの人は単に聴いて楽しんだり、歌を歌って楽しむのであって、音楽用語とは無関係であり無関心である。また、原告は、「通常人にとって身近な楽器であるギターの奏法において、「アルペジオ」は極めて普通に親しまれ使用されている語」であるともいうが、他の楽器より身近な楽器であるキターであっても、それを弾く人は前記のように一般人のうちほんの一部であるとともに、「ギター教本」や「ギター歌謡集」等には、「ARPEGGIO/アルペジオ」のような音楽用語は使用されていない。

<6> 英語以外の外国語にうとい一般的世人は、欧文字で書かれた文字を見た場合、それがフランス語やイタリア語であっても、辞典で確認しない限り、まず英語として認識するのが普通というべきであるから、頻繁に使用されていても、それがフランス語であるという日本語の表示がない限りフランス語とは判らないとともに、イタリア語ではこう言うと併記されている訳ではいので、そのフランス語がイタリア語では何と言うかは、一般的世人にとって全く知りえないことといわざるをえない。このことは、原告提出の証拠についてもいえることであり、「アルページュ(音楽用語)」という記載はあっても、「『アルペジージュ』はイタリア語の『アルペジオ』と同一意味の語である」とは記載されていない。してみれば、「アルペジージュ」と「アルペジオ」が同一観念の語であることは一般世人にわからない訳であり、「アルペジージュ」のネーミングが「アルペジオ」に通ずるものとして広く知られそいるという証拠にはならない。したがって、少なくとも我が国においては、外観及び称呼上、明らかに引用商標と非類似である本件商標をその指定商品に使用した場合においても、業者・需要者等が両商標を観念的にも誤認混同するようなおそれは全くないというべきであるとともに、原告の業務に係る商品と混同を生ずるおそれもないので、本件商標が商標法4条1項10号及び15号に該当しないことは明らかである。

(3)判断

本件商標は「アルペジオ」、引用商標は「ARPEGE」の各文字を書してなるものであるところ、我が国における外国語の普及度及び本件商標、引用商標の指定商品の分野における取引者、需要者が有する外国語の知識、理解度を考慮すると、英語、ドイツ語、フランス語は比較的親しまれている語といえるが、イタリア語は一般によくなじまれているものとは認められない。そうすると、本件商標の「アルペジオ」は、イタリア語の辞書をみれば、音楽用語の「アルペッジオ弾奏」を意味する「ARPEGGIO」に由来し、これを片仮名文字で表したものと理解できるものの、本件商標の登録時において、「アルペジオ」の文字から直ちにその意味を理解できたと判断するのは相当でない。また、原告提出の甲第6号証(「広辞苑 第三版」昭和58年12月6日発行)において「アルペッジオ」、及び、甲第9号証(「角川外来語辞典 第二版」昭和52年1月30日発行)において「アルペジオ」の各項目が掲載されていることをもって、需要者が直ちにその意味を理解しているということもできない。してみれば、本件商標は、その構成文字に相応して「アルペジオ」の称呼を生ずるものであり、かつ、特定の意味合いを生ずることのない一種の造語よりなる商標と認識されるにとどまるというべきである。

他方、引用商標の「ARPEGE」は、前記の事情からみれば、音楽用語で「和音をなす音を急速にかつ連続的に奏すること」を意味するフランス語と理解きれるとみるのが相当であるから、その構成文字に相応して「アルページュ」の称呼を生ずるものであり、かつ、前記の観念を有するものといわなければならない。

そこで、本件商標から生ずる「アルペジオ」の称呼と、引用商標から生ずる「アルページュ」の称呼を比較すると、両者は、語頭部の「アル」の音を同じくするが、それに続く「ペジオ」と「ページュ」の音が、音感、音調を著しく異にするから、両者をそれぞれ一連に称呼した場合においても、彼此聴き誤るおそれはないものといわざるをえない。

また、本件商標は、前記のとおり特定の意味合いを生ずることのない一種の造語よりなる商標と認識されるにとどまるから、両商標は、観念において比較することができない。なお、両商標は、それぞれの構成からみて、外観において互いに相紛れるおそれはない。

したがって、本件商標と引用商標は、称呼、観念、外観のいずれの点においても類似しないものであるから、本件商標は、商標法4条1項10号及び11号に違反して登録されたものではない。

さらに、本件商標が商標法4条1項15号に違反して登録されたものであるか否かについて検討するに、上記のとおり、本件商標と引用商標は称呼、観念、外観のいずれの点においても類似しないものであり、本件商標「アルペジオ」の文字から引用商標「ARPEGE」を想起することはないというべきであるから、たとえ引用商標が商品「香水」について使用されて相当程度広く認識されているものであるとしても、本件商標をその指定商品に使用した場合、原告の業務に係る商品と出所の混同を生ずるおそれがあったとはいえないものであるから、本件商標は、商標法4条1項15号の規定に違反して登録されたものではない。

したがって、本件商標の登録は、商標法46条1項1号の規定によりこれを無効にすることはできない。

3  審決の取消事由

審決は、本件商標と引用商標の称呼及び観念における類否判断を誤り、かつ、本件商標が原告の業務に係る商品と混同を生ずるおそれがある商標に当たらないと誤って判断して、原告の審判請求を退けたものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)称呼及び観念における類否について

本件商標と引用商標はともに1単語からなるところ、引用商標の中間の長音は前音が強く聴覚されて一単位的な感じを与え、短音に近似するので、両商標の称呼は、短い音数のうち、取引者・需要者に最もアピールする語頭部分の「ア」「ル」「ペ」の3音において共通する。そして、本件商標の「ジオ」は、「ジ・オ」と分解して発音されることはなく、速く詰まって「ジョ」と発音されるが、この「ジョ」の音と、引用商標の称呼である「アルページュ」の「ジュ」の音とが極めて近似することは明らかである。

したがって、本件商標と引用商標の各称呼は、各商標の指定商品である化粧品ないし香水の取引者・需要者が誤認混同を来すほどに類似しているというべきである。

また、原告は引用商標を付した香水を長年にわたって販売してきたが、目に見えない香りが命である香水の販売には、その香水が持つ「イメージ」が極めて重要であって、原告は、「ARPEGE」が「なめらかに楽器を奏でる、和音を響かす」という意味であることを多大な営業努力をもって宣伝してきており、マスメディアも、甲第12ないし第16号証にみられるように、引用商標を付した香水をそのようなイメージに沿って説明している。したがって、引用商標が「なめらかに楽器を奏でる、和音を響かす」という観念を想起させることは、化粧品ないし香水の取引者・需要者の間に定着しているというべきである。

一方、「アルペジオ」またはこれを縮めた「アルペッジョ」という語が、甲第19ないし第24号証にみられるように、「なめらかに楽器を奏でる、和音を響かす」という意味の音楽用語であることは一般世人によって認識されているから、本件商標が、化粧品ないし香水の取引者・需要者に、「なめらかに楽器を奏でる、和音を響かす」という観念を想起させることは明らかである。

以上のように、本件商標と引用商標は、称呼において類似し、かつ観念において同一であるから、「本件商標は、商標法4条1項10号及び11号に違反して登録されたものではない」とした審決の判断は誤りである。

(2)商品の混同を生ずるおそれについて

引用商標を付した香水は、甲第10ないし第14号証にみられるとおり、本件商標の商標登録出願前から世界的に周知著名な商品であって、引用商標は強い識別力を有している。したがって、前記のように引用商標と本件商標とが類似する以上、本件商標をその指定商品である香水等の化粧品に使用するときは、原告の業務に係る香水との混同を生ずるおそれがあることは明らかであるから、「本件商標をその指定商品に使用した場合、原告の業務に係る商品と出所の混同を生ずるおそれがあったとはいいえない」とした審決の判断も誤りである。

第3  請求原因の認否及び被告の主張

請求原因1(特許庁における手続の経緯)及び2(審決の理由の要点)は認めるが、3(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  称呼及び観念の類否について

原告は、本件商標と引用商標の各称呼は「ア」「ル」「ペ」の3音において共通し、また、本件商標の「ジ」「オ」は「ジョ」と発音され、本件商標の「ジョ」と引用商標の「ジュ」は近似音であると主張する。しかしながら、両商標が称呼において相紛れるおそれのない非類似のものであることは、被告が審判手続において主張したとおりであって、原告の上記主張は失当である。

また、原告は、本件商標と引用商標は「なめらかに楽器を奏でる、和音を響かす」という観念を生ずる点において同一であると主張する。しかしながら、両商標が観念上相紛れることのない別異の商標というべきことは被告が審判手続において主張したとおりであり、かつ、本件商標が特定の意味合いを生ずることのない一種の造語よりなる商標と認識されるにとどまることは、審決が説示するとおりである。

したがって、「本件商標と引用商標は、称呼、観念、外観のいずれの点においても類似しないものであるから、本件商標は、商標法4条1項10号及び11号に違反して登録されたものではない」とした審決の判断は正当である。

2  商品の混同を生ずるおそれについて

原告は、引用商標を付した香水は世界的に周知著名な商品であるから、本件商標をその指定商品である香水等の化粧品に使用するときは原告の業務に係る香水との混同を生ずるおそれがあると主張する。

しかしながら、引用商標は周知著名なものとはいえないし、本件商標と引用商標が前記のとおり称呼、観念、外観のいずれの点においても類似しない以上、本件商標「アルペジオ」の文字から引用商標「ARPEGE」を想起することはありえない。したがって、「本件商標をその指定商品に使用した場合、原告の業務に係る商品と出所の混同を生ずるおそれがあったとはいえないものであるから、本件商標は、商標法4条1項15号に違反して登録されたものではない」とした審決の判断も正当である。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求原因1(特許庁における手続の経緯)及び2(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

1  称呼及び観念の類否について

(1)称呼の類否

本件商標が、その構成文字どおりの「ア」「ル」「ペ」「ジ」「オ」の称呼を生ずることは当然である。この点について、原告は、「ジオ」は「ジ・オ」と分解して発音されることはなく、速く詰まって「ジョ」と発音されると主張する。しかしながら、「アルペジョ」という語調は歯切れが悪く不自然であるから、取引者・需要者が、片仮名文字で「アルペジオ」と表されている標章を殊更に「アルペジョ」と発音することは、通常考えられないことである。

一方、引用商標は、欧文字の「ARPEGE」からなる標章であって、「ア」「ル」「ペ」「エ」「ジュ」の称呼を生ずることは当事者間に争いがない。この点について、原告は、中間の長音は前音が強く聴覚され一単位的な感じを与えるため、短音に近似すると主張する。しかしながら、「ア」「ル」「ペ」「エ」「ジュ」という発音がいかにもフランス語らしく響くのに対し、「アルペジュ」という語調は滑らかさを欠き、不自然であるから、「ARPEGE」の発音が「アルペジュ」と聴き取られることは、ほとんどないと考えざるをえない。

そこで、本件商標の「ア」「ル」「ペ」「ジ」「オ」の称呼と、引用商標の「ア」「ル」「ペ」「エ」「ジュ」の称呼とを対比すると、「ア」「ル」「ペ」の3音は共通するものの、「ジ」「オ」の2音と「エ」「ジュ」の2音とは明らかに語調を異にするから、本件商標と引用商標とをそれぞれ一連に称呼したとき、両者を混同することはありえないと考えるのが相当である。したがって、本件商標と引用商標は、称呼において類似するということはできない。

(2)観念の類否

成立に争いのない甲第6号証によれば、新村出編「広辞苑 第三版」(株式会社岩波書店昭和58年12月6日発行)の84頁、85頁には「アルペッジオ(中略)ハープやピアノなどの楽器において、和音を低音から高音へ速やかに奏すること」と記載され、同じく甲第9号証によれば、あらかわそおべえ著「角川 外来語辞典 第二版」(株式会社角川書店1977年1月30日発行)の72頁には「アルペジオ(中略)和音をなす音を急速にかつ連続的に奏すること」と記載されていることが認められ、また、成立に争いのない甲第19号証ないし第24号証、第31、第32号証によれば、中学校の音楽教科書である「中学生の楽器」やギター、ピアノ等の教則本には、アルペジオ奏法についての解説が記載されていることが認められる(上記書証中には本件商標の設定登録後に刊行されたものも含まれているが、その記載内容に照らし、その登録査定当時にも知られていたものと認められる。)。

上記の事実によれば、特に楽器の演奏について関心のある者には、「アルペジオ」とは楽器演奏法の一つであって、和音を低音から高音へ速やかに奏することを意味するものと理解されるということができるが、本件商標の指定商品は前記のとおり「せっけん類(薬剤に属するものを除く。)歯みがき 化粧品(薬剤に属するものを除く。)香料類」であって、その取引者・需要者一般が楽器演奏に関心を抱き、楽器演奏に特有な音楽用語を理解しているとは認めることはできないから、本件商標を上記指定商品に使用した場合において、取引者・需要者に「アルペジオ」とは上記の意味の音楽用語であると認識されるものと認めることはできず、「アルペジオ」がわが国の前記取引者・需要者には馴染みの薄いイタリア語であることからしても、取引者・需要者は本件商標を特定の観念を有するものと認識しないのが通常というべきである。

これに反し、引用商標を構成する「ARPEGE」、あるいはこれを片仮名で表記した「アルページュ」という語がピアノ等の演奏法の一つを示す音楽用語であることは、上記各書証のいずれにも全く記載されていない。もっとも、成立に争いのない甲第7号証によれば、鈴木信太郎ほか著「スタンダード佛和辭典 増補改訂版」(大修館書店発行)の111頁には「arpege(中略)[楽]アルペジオ」と記載され、同じく甲第26号証によれば、堅田道久著「香水」(株式会社保育社昭和40年7月1日発行)の148頁には「ARPEGE アルページュ(アルペジオ-音楽用語)」と記載され、また、成立に争いのない甲第27号証によれば、エドウイン・T・モリス著、マリ・クリスティーヌほか訳「フレグランス」(求龍堂1992年11月30日発行)の183頁には、「1972年、フレイスはあの有名な『アルページュ』(音楽用語アルペジオで、和音を低音から高音へ速やかに演奏することをさす)を創作した」と記載されていることが認められるが、わが国におけるフランス語の普及度に鑑みれば、取引者・需要者一般が香料等の化粧品に「ARPEGE」の商標が使用された場合、これがフランス語であってイタリア語の「アルペジオ」と同一の意味を有する音楽用語であることを理解しうるとは認めることができない。したがって、引用商標は、一般に、特定の観念を有するものと理解されることはないと認めるのが相当である。

そうすると、本件商標と引用商標は、観念においても類似するということはできない。

(3)以上のとおりであるから、本件商標と引用商標が称呼及び観念の点において類似しないとした審決の判断は正当であり、本件商標は引用商標に類似する商標ではないから、本件商標が商標法4条1項10号あるいは11号に該当するという原告の主張は、失当である。

2  商品の混同を生ずるおそれについて

原告は、引用商標を付した香水は本件商標の商標登録出願前から世界的に周知著名な商品であり、引用商標は強い識別力を有するから、本件商標をその指定商品である香水等の化粧品に使用すると原告の業務に係る香水との混同を生ずるおそれがあると主張する。

しかしながら、本件商標と引用商標が称呼及び観念のいずれにおいても類似しないことは前記のとおりであり、かつ、外観が顕著に相違することは両意匠の構成からみて明白である。したがって、引用商標を付した香水が世界的に周知著名な商品であるとしても、本件商標をその指定商品である香水等の化粧品に使用したとき、それが原告の業務に係る香水との混同を生ずるおそれがあるとは考えられない。また、引用商標と本件商標とが類似していないにもかかわらず、本件商標を待した香水等の化粧品が原告の業務に係る香水との混同を生ずるおそれがあることを窺わせる特別の事情も認められない。そうすると、「アルペジオ」という商標を「ARPEGE」と誤認し、彼此を混同するような取引者・需要者はおよそありえないというべきである。

よって、本件商標が商標法4条1項15号に該当するという原告の主張も、採用することができない。

3  以上のとおりであるから、審決の認定判断は結論において肯認しうるものであって、本件商標の商標登録を無効にすることについての原告の審判請求を退けた審決に原告主張のような誤りはない。

第3  よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための期間の附加について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

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